イラクに平和を

市民ができることからのスタート
<< August 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | permalink | - | -
<< 中東が燃えると極東に飛火する | main | サマワの死 >>

どうか読み飛ばさないで下さい

「イラク人の証言・米軍戦争犯罪の証拠ビデオ」
> Reply-To: chance-forum@freeml.com

転送可

一人でも多くの方に広まる事を願います。

先ほど、ジャーナリスト・土井敏邦さんが今年4月に制作された『ファルージャ 2004年4月』というドキュメンタリービデオを見ました。

このビデオは、現地取材をし、多数のイラク人の証言を元に作られたビデオです。

その証言から、いかにイラクでは悲惨な事が起きているかが分かると同時に、日本のテレビ・新聞がいかにそうした事実を正しく伝えていないかがよく分かります。
米軍の戦争犯罪、そして今のマスメディアの戦争報道が、いかに歪んでいるかの”明確な”証拠です。

お願いです。どうかこのビデオを見ていただきたい、
そして一人でも多くの人に広めて頂きたいのです。

 『ファルージャ 2004年4月』チラシのページ
http://www.doi-toshikuni.net/blog/archives/000025.html
 
(2005年/カラー/55分/ビデオ/アラビア語ほか/日本語字幕)
  取材・撮影・編集:土井敏邦
  制作:土井敏邦・ファルージャ侵攻の記録を残す会
  DVD・VHS 個人¥3500 団体¥10000 (税込送料別)

申込み・問い合わせ 
E-mail falluja2004@hotmail.co.jp
FAX 045-311-3772

●映像の紹介

イラクにおける米軍占領への抵抗のシンボルとなったファルージャ。
2004年4月、米軍は数千の兵力でファルージャに侵攻した。
1ヵ月近い米軍の包囲と攻撃によって住民側の死者はおよそ730人、負傷者2800人に達した。
なぜファルージャが占領への抵抗の拠点となったのか。
米軍はどのように攻撃したのか。
そして住民はどのような被害を被ったのか。
米軍の包囲解除から10日後、ジャーナリスト・土井敏邦が
ファルージャ市内に入り、現地を取材した。
このドキュメンタリーは、イラク戦争終結後から4ヵ月後の2003年8月と、
2004年5月、ファルージャで撮影した住民の証言を元に、
ファルージャ侵攻に至るまでの経緯、攻撃と抵抗の実態、侵攻の被害を追った記録映像である。

1953年佐賀県生まれ。中東専門雑誌の編集者を経てフリージャーナリスト。
1985年以来、パレスチナを取材、93年よりビデオ・ジャーナリストとしての活動も開始し、テレビ各局でパレスチナやアジアに関するドキュメンタリーを放映。日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)会員。

≪土井敏邦(どい・としくに)さんのプロフィール≫

> 1953年佐賀県生まれ。中東専門雑誌の編集者を経てフリージャーナリスト。
> 1985年以来、パレスチナを取材、93年よりビデオ・ジャーナリストとしての
> 活動も開始し、テレビ各局でパレスチナやアジアに関するドキュメンタリー
> を放映。日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)会員。
>
> 土井敏邦さんホームページ
> http://www.doi-toshikuni.net/
>
> ビデオ制作の経緯について
> http://www.doi-toshikuni.net/blog/archives/000023.html
イラクは今 | permalink | - | -

スポンサーサイト

- | permalink | - | -